発達障害の代表的なタイプとして、自閉症スペクトラム症(ASD )、注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)が挙げられます。
この記事では、これらのうち「学習障害」について少し詳しく解説していきます。
執筆したのは、障害福祉専門の行政書士です。
学習障害の概要
学習障害とは
学習障害(LD)は、一般的に、「知的発達に明らかな遅れはないのに、読み書き計算などの学習の習得が持続的に明らかに遅れている状態を指し、その原因は本人の努力不足でも教育環境の問題でもなく、脳の働きに問題があって起きるもの」と考えられています。
学習障害により困難を示す能力
学習障害により困難を示す能力は次のとおりです。学習障害とは、これらのうち一つ又は複数の能力について著しい困難を示す状態のことです。
聞く能力
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他人の話を正しく聞き取って理解する能力
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話す能力
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伝えたいことを相手に伝わるように的確に話す能力
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読む能力
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文章を正確に読み、理解する能力
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書く能力
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文字を正確に書く能力及び筋道を立てて文章を作成する能力
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計算する能力
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数の概念を理解する能力及び暗算や筆算をする能力
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推論する能力
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事実に基づき結果を予測したり、結果から原因を推測したりする能力
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学習障害に関する留意事項
①外から見えにくい
学習障害は、障害に対する社会的な認知が十分ではなく、また、一部の能力についてのみ困難を示すものであるため、周囲から、「学習が遅れているだけ」あるいは「本人の努力不足」と受け取られることが多く、また、本人が周囲に隠そうとすることもあるため、障害の存在が見逃されやすいという特徴があります。
そのため、まずは、保護者や学校教育関係者が学習障害について知り、障害の特性に応じた指導や支援が必要であることを認識する必要があります。
②他の障害との重複
学習障害は、中枢神経系に何らかの機能不全があると推定されており、注意欠陥多動性障害(ADHD)や自閉スペクトラム症(ASD)を併せて有している場合があります。そして、その程度や重複の状態は様々ですので、個々の当事者に応じた対応が必要になります。
③他の事項への波及
学習の場面で困難さを感じることが多く、また、本人は努力しているのに周囲にはそれが認められにくいことの結果として、不登校や心身症などの二次的な障害を引き起こす場合があります。
教育分野における学習障害
教育分野における学習障害は、1960年代初頭の米国で、認知機能の問題により学習困難を示す子ども達に対する総称として用いられたことに始まると言われています。
日本では、1990年度に、当時の文部省に置かれた「通常学級に関する調査研究協力者会議」において初めて公的な検討がなされ、その後、1999年7月に、「学習障害児等に対する指導について(最終報告)」において、「学習障害とは、基本的に全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す状態を指すものである。学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接の原因となるものではない」と定義されました。
医療分野における学習障害
医療分野では、学習障害という概念ができる前から、「ディスレクシア」という疾患が知られていました。ディスは「障害」、レクシアは「読む」という意味ですので、ディスレクシアは「読字障害」となります。また、文字は読めないと書けないため、通常は書字障害が併存します。そのためディスレクシアは、「発達性読み書き障害」とも呼ばれています。
ディスレクシアの最初の報告は19世紀末であり、知的な遅れはなく、視力・聴力にも問題はなく、また本人の努力不足や教育環境の問題でもないのに、文字の読み書きに極端な困難があるというものです。
その他に、微細脳機能障害(MBD)という症状群がありました。こちらは、20世紀中頃から、神経学的診察では検出されない微細な脳機能障害により、衝動的で落ち着きがなかったり、手先が不器用だったりする小児をまとめてMBDと呼ぶようになりました。
そして、MBDのうち、認知能力の障害により学業に影響を及ぼす状態を学習障害と呼ぶようになり、現在の米国精神医学会の診断の手引きである「DSM-5」や、WHO(世界保健機関)の疾病分類である「ICD-11」にも記載されるようになりました。
DSM-5では、学力の三要素(読字、書字、計算)の極端な困難を総称して、限局性学習症(SLD)という名称が用いられています。また読み書きの障害については、伝統的な用語である「ディスレクシア」を使う場合もあります。
ICD-11では、「学習能力の特異的発達障害」が該当します。これは、読字、書字、計算などの特定の学業的能力が、その人の年齢に相応として期待される程度より明白にかつ定量的に低く、知的能力、視力・聴力、精神・神経疾患、心理社会的な貧困、言語の習熟度不足、不適切な教育指導によってはうまく説明できない場合をいいます。
福祉分野における学習障害
福祉分野における学習障害については、精神障害者保健福祉手帳用の診断書の中に「学習の困難」という項目が設けられ、その症状として「読み、書き、算数、その他」という項目が設けられています。そのため、現時点では、福祉分野における学習障害は、医療分野における概念と同じだと考えられます。
主な学習障害のタイプ
文部科学省の学習障害の定義では、「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」という6つの能力について言及していますが、医療分野では、読字、書字、計算などの特定の学業的能力について言及しています。
ここでは、重複している3つのタイプ(読字障害、書字障害、算数障害)について紹介します。
読字障害
読字障害とは、文字を読む際の正確さや流暢さ、意味の理解に困難さがあり、それらが持続することによって学習に著しい困難が生じている状態のことです。
読字障害については、知的発達の遅れや視力・聴力の障害、神経疾患が原因ではなく、また、十分な教育が行われなかったり、外国人のように学習に必要な言語能力が不足していたり、社会心理的な逆境状態にあるといった事情がないことについても確認が必要です。
書字障害
書字障害とは、文字のつづり方の正確さ、文法や句読点の正確さ、文章を書く際に思い浮かぶことをまとめたりすることに困難があり、それらが持続することで学習に著しい困難が生じている状態のことです。
書字障害についても、知的発達の遅れや視力・聴力の障害、神経疾患が原因ではなく、また、十分な教育が行われなかったり、外国人のように学習に必要な言語能力が不足していたり、社会心理的な逆境状態にあるといった事情がないことについても確認が必要です。
なお、ASDの子どもには、漢字の書字困難がある場合があります。その多くは、書き順を自己流にやりたいというこだわりから、同じ漢字でも書くたびに書き順が異なることが原因であり、学習障害とは少し異なるようです。この場合には、書き順を丁寧に指導することで解決することもあるようです。
算数障害
算数障害とは、数の感覚や数的事実、計算の正確さ、数学的な推論などに困難さがあり、それらの困難さが持続することで学習に著しい困難が生じている状態のことです。
数の感覚とは、数の順序や大小関係、量的な感覚のことです。数的事実とは、わざわざ計算するまでもなく事実として覚えているごく簡単な足し算や引き算のことです。
算数障害についても、知的発達の遅れや視力・聴力の障害、神経疾患が原因ではなく、また、十分な教育が行われなかったり、外国人のように学習に必要な言語能力が不足していたり、社会心理的な逆境状態にあるといった事情がないことについても確認が必要です。
併存症と二次的な不適応
他の発達障害の併存
学習障害の子どもは、ADHDやASDを合併することがあります。落ち着きがなかったり、友達とトラブルを起こしたりするタイプのADHDやASDであれば、学校の先生も保護者も気が付きます。しかし、不注意が主な症状の場合や、友達と葛藤があっても言動に出さないタイプの場合だと、学習障害だけに注目してしまうことがあります。
学習障害については、当面の困難さだけで判断するのではなく、専門家に全体像を評価してもらうことも大切になります。
二次的な不適応
学習障害のある子どもは、努力してもうまくできるようにならないことが自分でもわかります。そのため、イライラしたり、学習への意欲をなくしたり、中には不登校になることもあります。
学習障害のタイプに応じた学び方を工夫し、二次的な不適応を未然に防ぐことが大切です。
学習障害の子どもへの支援
よくある困りごと
- 文字を読むことに苦労する、時間がかかる
- 文字が躍る、動く、ねじれることで、どこにどの文字があるか分からない
- 文字を1つ1つ拾わないと読めない(逐次読みをする)
- 単語あるいは文節の途中で区切って読む
- 読んでいるところを指で押さえたり、枠で囲ったりしないと読めない
- 文字間や単語間が広ければ読めるが、それが狭いと読み誤りが増えたり行を取り違えたりする
- 文末などを適当に変えて読んでしまう
- 音読みしかできない、あるいは訓読みしかできない
- 文字を書くことに苦労する、時間がかかる
- 書き写そうとすると、どの文字をどこに写していたのか分からなくなる
- 書くべき欄からはみ出て書いてしまう
- 「ょ」「っ」など、特殊音節を抜かして書いてしまう
- 「は」を「わ」と書くなど、同じ音の書字誤りがある
- 「め」と「ぬ」など、形が似ている文字を間違えて書いてしまう
教育的な支援
学習障害がある子どもは、学校教育においては特別支援教育の対象となっています。通級指導教室での個別的な学習による支援や合理的配慮による支援を得ながら、通常の学級で学ぶことが基本的な対応です。
読字障害については、教科書の内容をパソコンに取り込んで読み上げ機能を使ったり、板書を読み上げもらって録音したりするなど、文字情報を音声化する方法があります。また、小さい文字や行間の詰まった文章は特に読み取りづらいため、板書や配布資料は、文字を大きくしたり、行間を広くしたりする方法があります。
書字障害については、板書をデジタル写真で撮影するなどの方法があります。
医療的な支援
学習障害に対する医療は進んできています。特にディスレクシアについては、診断と治療が行われるようになっており、医療により症状が緩和される場合もあるようです。
福祉からの支援
学習障害は、精神障害者保健福祉手帳の交付対象となっており、障害福祉サービス等の利用も可能です。また、自立支援医療(精神通院医療)の対象にもなっており、医療費の負担を軽減することができます。
参考文献等
- 一般社団法人日本LD学会『LD等の用語解説』一般社団法人日本LD学会ホームページ
- 厚生労働省『学習障害(限局性学習症)』厚生労働省e-ヘルスネット
- 東京都『発達障害者支援ハンドブック2020』東京都福祉保健局障害者施策推進部精神保健医療課
- 一橋大学『読字の障害を伴う限局性学習障害(ディスレクシア)』一橋大学ホームページ
- 古荘純一『発達障害サポート入門 幼児から社会人まで』
- 文部科学省『障害のある子供の教育支援の手引~子供たち一人一人の教育的ニーズを踏まえた学びの充実に向けて~』文部科学省初等中等教育局特別支援教育課